「死ぬ用意をするな。生きる用意をせよ。」
—人間は皆、おかげの中に生かされて生きている—
今年の夏、ご信徒の関係者のところの霊神様で初盆を迎えになられる方が、いつもの年より多いことを改めて思い、霊神様の生前のことを偲び、そして霊の道立てをお祈り申し上げます。
宗教宗派は違えども、金光教にご信縁を頂かれ、お取次を願い頂かれまた、一時は教会参拝をされておかげを受けられただけに、天地の親神様に霊としての助かり立ちゆきをおすがりしていかねばなりません。教会では8月14日に夏の霊祭を執り行うことにしています。
夏の教会霊祭の起こりは、今から26年ほど前、前教会長の原正知先生が、平成2年11月にお国替えになられ、翌年8月に世間で言う初盆を迎えることになりました。ご信徒の方から、「先代親先生は初盆を迎えられますので、何らかの形でお祭りはないのでしょうか。お参りさせて頂きたいのですが」という取次願いによって、教会にて夏の霊祭が仕えられることとなりました。世の中がお盆を迎えている中、ご信徒の方が先代教会長を偲び、夏のご挨拶をしてくださいました。先代教会長はたいへんお喜びになったと思います。
その後は毎年8月14日前後を選び定めて夏の霊祭を仕えてきました。
金光教の初盆は、西方浄土から霊様をお迎えし、お見送りするという意味合いはありません。霊様になられた時から、私達家族のそばにあると頂いています。
「金光様、宗教がたくさんあっていろいろの教えがありますが、死んだら、魂はいろいろに分かれるのでしょうか」と伺った。金光様は、「そういうことはありはしない。 死んだ者の魂は、天地の間にふうふうと、ぶゆが飛ぶように遊んでいるので、どこへ行くものでもない。わが家の内の霊舎にいるし、わが墓所に体をうずめていることからすれば、墓所と霊舎とで遊んでいるのである。この世で生きている間に、人に悪いことをしたり、神のみ心にかなわないことをしたりすると、死んでからでも、魂は神のおとがめを受けるのである」と仰せられた。(『天地は語る』経典抄63項)
という教祖様のみ教えがあるように、私達は教会に各家に各墓地に霊様をお祀りしていて、私達の日常生活をすぐ傍にあって、見守り導いてくださっているのです。
ですから、生前と同じように、霊様に声かけ語り合い、お茶(水)や好きだった物をお供えして、頂いてもらっています。嬉しいことがあればご報告しています。
夏の霊祭とは、世の中では暑中見舞いを出したり中元を贈ったりして、お世話になりました、今後もお世話になりますと挨拶し合うように、霊様にご挨拶することであると思います。「今年も元気に夏を迎えることができました。」「厳しい夏を乗り越えることができました。」とお礼申し上げることができれば、霊様はお喜びになり安心されると思います。
今一つ、霊様の生前の活躍ぶりなど偲ぶと共に、霊様が「死とどう向き合われたのか」「死を前にして、死に際にどういう心になられたのか」に思いを馳せ、私達の教えとして頂くことが霊祭であります。
みな、神の分け御霊を授けてもらい、肉体を与えてもらって、この世へ生まれて来ているのである。そうしてみれば、この世を去るのに苦痛難儀をするのは、人間の心からのことである。神からお授けくださった体がこの世をさる時、痛いかゆいがないよう、ただ年病みのゆえというように長生きをし、孫子まで見て、安心して死ぬのが、神の分け御霊をいただいている者のすることである。金光大神の教えを守れば、末を楽しみ、安心してこの世を去ることができるから、若い時に信心して元気に働いておいて、そのようなおかげを受けるがよい。(経典抄59項)
金光教の教祖様のみ教えを頂くとき、私達はどういう死に方をすればよいのか教えられています。世の中に“終活”という言葉が取り上げられていますが、死を迎えるのは神様の領域であって、神様のお迎えを受けるまでは、精一杯・実意丁寧に生きねばならないのです。
どう生きるのか?天地の親神様から頂いた生命、生かされて生きた生命、日々吸う息吐く息、血液のめぐり、大小便の排泄まで、全て天地の親神様のお働きお恵みを頂いて成り立っています。その全てに、まずお礼申していくことでしょう。一日一日がお礼で始まり、お礼で終わる生き方をしていかねばなりません。
先日、生活習慣病の予防や終末期医療の充実などに取り組まれた日野原重明先生が、105歳でお国替えになられました。生前のことがテレビ新聞などで取り上げられていますが、私達は限られた命(短い命)を心豊かに過ごせる終末でありたい、おかげを頂いたとお礼が言える死に方をしたいと、教えられます。
今年初盆を迎えられますご信徒の関係の霊様方は、生前そうしたお礼の心で一生を終えられ、また天地の親神様のみ心にすがりながら、死を迎えられた方々ばかりです。天地の親神様が一人一人に手を差しのべてくださったことを思わせていただきました。夏の霊祭でお礼申し、教えを頂いていきたいと思います。
金光教諫早教会長 原 正忠
(教会広報誌のんのこ2017年8月号より転載)