来年、天皇陛下が退位される。平成という年号も新しく変わる。そういう中で 平成最後の夏とか、平成最後の終戦記念日とか謳われてきた夏も終わります。
9月、秋を迎えるのですが、落ち着いた穏やかな季節であって欲しいと思います。
平成30年上半期(1月〜6月)神様のおかげで、信心のおかげで、元気に日々を過ごさせて頂きました。家族みんな、家業、学業、お繰り合わせをいただきましたと半年のお礼(夏越感謝祭をもって)を神様に申し上げました.
その後真夏日酷暑が続き、西日本豪雨が岡山広島愛媛と、各地で多くの方が亡くなられ、避難生活をされている方がまだあり、復興が進んでいないと伝えられています。更には、台風が次々と生まれ、昔教科書で習った西の方から九州に近づくという進路が、今年は東から九州に近づく進路を取っています。何が起ころうとしているのか。いや、この天地に何かが起きているのではないでしょうか。
この猛暑のことも、世の中の出来事においても、信心の目で、信心の耳で、信心の口で、見たり聞いたり語ったりしていかねばならないのではないでしょうか。
この信心の目、信心の耳、信心の口を忘れたら、全て人間心になって不平不足、愚痴、責める心になっていくのです。
教祖金光大神様のみ教えに次のようにあります。
◯我慢の強い、理屈を言う者は、神様があるものなら見せてくれいと言うたり、ものを言われるものなら声が聞きたいと言うたりする。それで、そう言えば困ろうが、と思うておるのじゃが、見せてやっても聞かしてやっても、見る目も聞く耳もない者に、なんで見聞きができるものか。かわいそうなものじゃ。見も聞きもできぬじゃもの。そこで、天道様に行き当たって頭へ大きなこぶが出ると びっくりして、はじめて目が明き、耳のふたが取れして、見えだし聞こえだしするようになる。かわいそうな者は、信心の目や耳のあいておる者が親切にかわいがって、よう教えてやらねばならぬ。【教典 理解III 尋求教語録93】
天地の親神様が、私たちが信心することによって、見も聞きもできるよう、目を開き、耳のふたを取ってくださって、「信心の目や耳が開いた者」とおっしゃって喜んでくださっているのに、その信心が弱くなって、道から外れていくことによって、元のように見も聞きもできぬようになってしまってくるのです。
まさに7月8月は、天地の親神様から、私たち天地金乃神の氏子に、そのことを問われ試され、テストされた日々でありました。
7月8月の生活を振り返り、お詫び申しお礼申し上げて、天地の親神様の御心、思し召し、御働きが見えるよう、聞こえるよう、語っていけるよう信心を改まって9月を迎えたいと思います。
先月、孫たちが教会内外を走り回ったり、自転車乗りを楽しく遊び回っていることを喜ばず、「危ない 怪我する」と腹を立て、怒ってばかりいました。 「じいちゃんは、いつも心配ばかりしている。僕たちのこと 遊びのことをわかっていない」と孫から注意されました。
神様に孫の注意が聞こえたのでしょう。神様が私の前にヘビを出してきて、私の信心ぶりを指導してくださいました。境内を掃き掃除していたら、目の前にヘビがいるのです。じっと見つめれば何でもないことなのですが、私は恐怖心が先に立って逃げようとしました。足がもつれ、駐車場の車止めにつまずき、ごつごつした駐車場の地面に右肩から倒れました。恥ずかしく周りを見渡し、誰もいないことを確認して立ち上がり、右腕、肩をみると血が出ていました。擦り傷を負ったのです。一週間痛い目にあいました。
心配する心を神様に向け、孫たちの成長をもっと喜ぶ老後でありたいと、神様にお詫びし続ける一週間でした。
9月21日、秋の霊祭を迎えます。
◯ご信心しておくがよい。ご信心してあなたがおかげを受けると、あなただけではない、後々の孫、ひ孫の末の末までがおかげを受けるし、また、ご祖先ご祖先の精霊御霊までが、あなたがご信心して、おかげを受けてくれるからと、安心してお浮かびなさる。あなたの受けたおかげは、いつまでも離れずについてゆくものじゃから、できるだけこの世でご信心して、おかげのもとを作っておくがよい。【教典 理解III 尋求教語録87】
教祖金光大神様は、このようにご祖先様・親様の霊としての助かりと、私たちの信心ぶりの大切さを説いてくださっています。
「できるだけ、この世でご信心して、おかげのもとを作っておくがよい」と言われるご信心を、9月は取り組み勉強してまいりたいものです。
金光教諫早教会長 原 正忠
(教会広報誌のんのこ2018年9月号より転載)