生神金光大神大祭を前にして −信心せよ、信心とはわが心が神に向かうのを信心と言う−

先日、町内の93歳になる二人の方と一緒に会話を交わすことがあった。幼なじみで、昔近くの山に入り戦争ごっこをしたと楽しく語られた。一人の方は「今年の夏の暑さは体に堪えた」と病院通いや薬をたくさん飲んでいることを話し、弱気になられていた。もう一人の方は「昨日グランドゴルフに行ってきたばい」「うちから元気にお宅まで上がってきたばい」と笑顔で前向きな話をされる。そうした中で、「原さんは神様のことをされている(仕事をしておられる)から、長生きされるばい。百歳まで生きられるじゃろう」と、二人して私を褒めてくださった。

 「神様のことをしているから」と言ってくださったことが嬉しかった。心中お二人の長寿を祈りながら退席した。

 

 テレビを見ると、来年の10月に消費税が10%に上がることを取り上げた番組が流れていた。いよいよ覚悟をしないといけないようである。また、来年の4月末から5月にかけてのゴールデンウィークは10連休になると報道していた。

 次の日ご信徒の方が、「来年のカレンダーが出来ました」とお供えがあった。    

 私のまわりは来年の話題が次々と起こっています。

 

 目の前の今日一日の生活を一生懸命に取り組まれている高齢者の方に接し、一方の世の中は来年の話を取り上げている。このギャップをどう埋めればよいのだろうか、と問題にしながらこの11月号の原稿を書かせて頂いています。

 手元のカレンダーも、いよいよ残り3枚となりました。教会では11月25日に生神金光大神大祭を仕えさせて頂きます。教会にとっては大きな祭事です。ご信徒方と一緒に、喜び勇んでお祭り仕えさせて頂きたいものです。

 

 10月私の母の命日(20年)を迎え、11月は私の父の命日(11月26日帰幽、28年)を迎えます。母は82歳で、父は77歳で生涯を終えました。私は少しずつ親の歳に近づきつつありますが、父母は高齢者としてどういう日々を送り取り組んだのか、偲びながら少しでも見習わせて頂かねばならないと思っています。

 

 母は最期まで元気に走り回っていました。孫たちの世話もよくしていましたが、よく語りよく教導していました。ご信徒方ともよくお話しをして、出かけることが好きでした。車に弱く、幼少の時から出かけるのに汽車以外はだめだったのに、晩年はバスにも船にも乗ることが苦にならず、出かけてよく体を動かしていました。お役に立ちたいという思いが強かったのでしょう。弟(正祝君)と東京タワーを歩いて降ったことを自慢していました。

 

 父は晩年、四代金光様のみ歌【賜びし いのちあるありて 今日もめざめたり めざめしことは ありがたきかな】をよく口にしていました。私たちに、今朝目が覚めたことは大変なおかげを頂いたのだと、お礼申し上げるよう教導していました。目が覚めて四代金光様のみ歌を口ずさみ、その直後に○月○日と今日の日付を付け加えてお礼申しているとも話しておられました。

 目が覚めて一番に神様にお礼を申し上げることともう一つ、今で言うボケ防止でもあったのでしょう。今日が○月○日であるとしっかり認識して、口ずさんでいたのでしょう。

 

教祖金光大神様のみ教えに次のようにあります。

○悪いことを言って待つなよ。先を楽しめ。(天地は語る252項)

○徳のないうちは心配する。神徳を受ければ心配はない。(同 141項)

○金光大神の道は祈念祈祷で助かるのではない。話で助かるのである。(同 160項)

○父母に孝行が第一である。孝行をすれば末で幸せになる。不幸をすれば末で巡ってくる。(同89項)

 

父母は生涯を教祖生神金光大神様の生き方を手本として、み教えの一箇条一箇条を守り実践していく生活を心がけ、求め続けていたのではないでしょうか。     

 両親の帰幽した歳に近づきつつある今日この頃、教祖様は「先を楽しめ」とおっしゃる。どうすることが、先の安心になるのか。

 その答えははっきりしています。「信心しておかげを受けてくれい」ということです。天地金乃神様の信心をする私たち、今年の残り2ヶ月、しっかりと信心を求め、勉強し、稽古していきましょう。

 

金光教諫早教会長 原 正忠

(教会広報誌のんのこ2018年11月号より転載)